スピリチュアルな生き方をする 執筆:赤木あつし
こんにちは!
幸せ実践塾・塾長の赤木です。
通称「リストラブログ」と呼ばれる、このブログ記事を書いています。
2016年5月に54歳でリストラを宣告され、6月に解雇されました。
金なし(貯金はほぼゼロ)、手に技術なしと、ないない尽くしの私が、いったいどうやってきたのか。
そのことをありのままに書いていますので、気になる方は過去の記事をご覧になってくださいね。
リストラされてから4年が過ぎました。(現在、2020年6月です。)
これまで3つの奇跡が起こって、今日まで無事に暮らしてこられたのです。
4年経った今、改めて思うことをお話させていただきます。
●出来事はすべて必然で無駄がない
私がお勧めしている「神との対話」シリーズでは、すべては完璧であることを知りなさいと言っています。
表現方法はいろいろありますが、私たちが生きる上で重要な「たった1つのポイント」だと思うのです。
私は、「出来事はすべて必然で無駄がない」と言っていますが、これも「すべては完璧で最善だ」というのと同じことです。
これが、大昔から伝えられてきたことであり、私がやっとたどり着いた結論でもあるのです。
なぜ、そんなことが言えるのでしょうか?
これは、スピリチュアル的な大前提に基づきます。
もちろん、宗教的な信仰からでもかまいませんが、私の考えでは、これまでの宗教観では論理が破綻するので。(この話をすると長くなるので、ここでは端折ります。)
ではそのスピリチュアル的な大前提とは何かと言えば、「存在するのは「存在のすべて」である「ひとつのもの」だけである」というものです。
「ワンネス」とも言われますが、この考え方はスピリチュアルな考え方をするほとんどの人の共通項だと思います。
かつて悟り体験をした多くの人が、自然や宇宙との一体感を味わっています。
そこで、もしそうだとしたら、その「ひとつのもの」は、自分自身を傷つけるようなことをするでしょうか?
もしするとしたら、いったい何のために?
そういうことを考えてみると、自ずと、「ひとつのもの」は自分を愛しむことしかしない、という結論になるかと思います。
詳しくは動画で語っていますので、ぜひご覧くださいね。
●婚約破談の出来事が「愛」を教えてくれた
私の人生における大きな出来事の1つに、いくつかの失恋を繰り返した挙げ句、SMS1本で婚約が破談になるというものがあります。
これも当時は非常にショッキングな出来事でした。
しかし、後になってみればわかります。これも必然であり無駄がないのだと。
この出来事が完璧で最善であるとわかった時、私は私を一方的にフッた女性に心から感謝できました。
「神との対話」で神は、「私は天使しか送らなかった」と言っています。
私自身の成長のための完璧な経験。それがその出来事だったのです。
これも動画で詳しく語ってますので、ぜひご覧くださいね。
●リストラが「不安」を捨てることを教えてくれた
このブログでは、私のリストラ体験を詳しく書いてきました。
リストラされた時から、その時々の私の考えを正直に語ってきたつもりです。
あれから4年経ちました。そこで、現時点での私が、このリストラ体験を振り返ってみました。
失恋の時と、似ていることがあるなぁと思いました。
それは、「時間が解決する」ということです。
これは、時間が経てば恋愛が上手くいくという意味ではありません。
時間が過ぎれば、傷ついた心も癒えて、その出来事を問題だと考えなくなるという意味です。
つまり、失恋という出来事、リストラという出来事が、私を傷つけるわけではないのです。
私が選んだ考え方によって、私自身が傷つき、被害者になることを選択することができる、というだけのことなのです。
したがって、その出来事を問題だと考える気持ちが薄まれば、より自分らしく考えることを選択できます。
時間の経過によって、私は「不安(恐れ)」を徐々に手放していったのです。
●政治の本質も「愛」か「不安」だった
私の個人的な体験からわかったことは、要は「愛」か「不安」のどちらを選ぶのかということだけだ、ということでした。
その選択のための材料(条件)を、人生は私たちに提供してくれているだけなのです。
このことは、政治に関しても同じだと思いました。
前回の記事でもお勧めした「ベーシック・インカム制度」ですが、全部で11本の関連動画を撮りました。
これが最後の動画ですが、結論として「愛」か「不安」なのだと語っています。
人は、「愛」を選択すれば、自ずと考え方がシンプルになります。
複雑になってしまうのは、あれやこれや心配(不安)するからです。
また人は、「愛」を選択すれば、自ずとすべてをオープンにしようとします。
隠そうとするのは、心に不安(恐れ)があるからです。
そしてこのことは、政治における考え方の原則としても使えるものだと思います。
政策がシンプルでオープンかどうかという視点が、私は重要だと考えています。
シンプルでオープンだということは、不安ではなく愛だということになるからです。
また、もう1つ非常に重要な視点があります。
これは、多くの人が騙されてしまいがちな視点です。
つまり、弱者救済を掲げることで、弱者を創り出している存在である強者を敵と見なして叩こうとする姿勢についてです。
歴史的に見ても、これまでも多くの人が騙されてきました。
それによって、共産主義こそが理想だと勘違いし、その作戦に乗って、暴力革命つまり殺人が平気でできるようになっていったのです。
共産主義国家は、いったい何を残したでしょうか?
粛清して殺した国民の数は、戦争で死んだ人たちよりはるかに多いという、ソ連、中国、カンボジアなどの事例がすべてを語っています。
今、共産主義を掲げていなくても、同じ戦略戦術で政治活動をする人は多くいます。
共感を得るためのやり方が共通しています。
つまり、「あなたたち庶民は、強者から搾取された可愛そうな存在だ。あなたたちは犠牲者だ。だから、加害者である強者を叩いて、あなたたちの権利を取り戻そう!」というような主張です。
これがなぜ間違っていると私が考えるのか? 簡単です。
それは「愛」ではないから。
もう一度言います。
それは「愛」ではありません。まがいものです! 偽物です!
「愛」のフリをした「不安(恐れ)」です!
個人の生き方も、社会のあり方も同じです。
すべては「愛」か「不安(恐れ)」かの選択です。
誰かを敵と見なし、分離分断する方向に向かうなら、それは「不安(恐れ)」の選択であり、「愛」ではありません。
自分を犠牲者にしてしまう考え方は「不安(恐れ)」であり、「愛」の選択ではありません。
私は、失恋やリストラの出来事を通じて、「愛」を選択することに気付かされました。
だから、その気づきを与えてくれた出来事に対して、その出来事に参画してくれた人々に対して、心から「有り難い(奇跡だ)!」と思うのです。
あなたを困らせる存在、虐げる存在、邪魔な存在に対して、あなたは「ありがとうございます!」と心から言えますか?
それが言えるようになった時、やっと「愛」がわかったということなのです。
そして、そこに導こうとしないのであれば、その政治家は「愛」ではないし、そのやり方では上手く行かないのです。
私は、本当の「愛」に基づいた考え方、そういう生き方こそが、自分を進化成長させていく生き方であり、喜びにつながる生き方であり、幸せに生きることだと思うのです。
なので、みなさんにもそういう考え方をお勧めしています。政治も、そうあってほしいと願っています。
もちろん、どう考えるかはみなさんの自由です。
もし興味があれば、ぜひ動画やブログなどをご覧くださいね。
——————————————————————————————————
こんな私ですが、興味のある方は、どうぞブログやメルマガの過去ログをお読みくださいね。
私の転落人生を完全に公開していますので。
私自身は、進化成長の過程として参考にしてもらえると思って公開していますけどね。(笑)
興味本位でかまいませんので、ぜひご覧になってくださいね。
他に、幸せ実践塾で推奨している「神との対話」シリーズを解説するメルマガもあります。
こちらは、「神との対話」シリーズの内容を腑に落ちるまで読み込んで、実践するための手助けとなるよう、解説したものです。
私も実生活においても、これを読むことで随分と救われています。
ですから、このシリーズの内容を広めることは、私のライフワークとも言えるのです。
ぜひ、お読みくださいね。
記事はお役にたてましたか?
記事にご興味をもっていただけましたら、
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓以下のソーシャルボタンで共有していただくと嬉しいです^^