長野の山奥で修行生活ではなく介護職をやってます 執筆:赤木あつし
こんにちは!
幸せ実践塾・塾長の赤木です。
通称「リストラブログ」と呼ばれる、このブログ記事を書いています。
2016年5月に54歳でリストラを宣告され、6月に解雇されました。
金なし(貯金はほぼゼロ)、手に技術なしと、ないない尽くしの私が、いったいどうやってきたのか。
そのことをありのままに書いていますので、気になる方は過去の記事をご覧になってくださいね。
●還暦を迎える年の就活
前回の投稿は、本帰国することになったことの報告で、2週間の自主隔離中のものでした。
何のあてもないものの、日本に戻って道を切り開くしかない。そう腹をくくっての行動でした。
前回お伝えしたのは、2つほど派遣の仕事の内定があるという情報でしたね。工場内軽作業と建築土木の派遣でした。
真っ先に内定を出してくれたのが工場内軽作業の派遣会社だったし、細かく気を使ってくださるし、もうそこに決めようかと思っていました。
そもそも、還暦を迎えるようなシニアに、職を与えてくださるだけで感謝ですから。
建築土木は面白いとは思ったものの、「体力に自信がありますか?」と問われると、「やってみないとわかりません。」としか答えようがありませんでした。
では、なぜすぐに決めなかったのか?
それはもう1つ、正社員の採用での面接をオンラインで行い、その結果を待っていたからです。
それが、最終的に選ぶことになった介護職の仕事でした。
派遣の仕事は、せいぜい3ヶ月くらいしか仕事の保証がありません。
派遣会社はすぐに次を探すとは言うものの、手持ちに余裕がない私としては、そのリスクはできれば避けたいという思いがありました。
それと、介護職というものに何かピンとくるものがあったのです。
タイでは、ボランティアとしてシニア向けのスマホ教室の講師などをやってました。
生徒さんはほとんど80歳くらいの方々です。少し認知症が入りかけた方もいらっしゃいます。
そういう方に、スマホの使い方を教えることを通じて、楽しんでいただくというものです。
そういう活動を通じて、私の両親に対しては十分にできなかったことをさせていただいているように感じていました。
そういうことがあり、最後の3つ目の採用通知を待っていました。(また、他の可能性もまだ捨てきれませんでしたしね。てへ。)
3月16日、内定の通知をメールでいただきました。
そして、3月18日に正式に入社をお受けする返事を差し上げたのです。
●正社員での採用に躊躇した理由
正社員を望みながらも、頭のどこかで躊躇する思いもありました。
それは、私が経営者をやってきたこととも関係します。
正社員として採用した人が3年も経たずに辞めてしまったら、採用した側としてはがっかりなのです。
私は、いずれはタイに戻りたいと考えていました。タイで良い職が見つかったなら、すぐにでも戻ろうという思いもありました。
そんな私が、正社員での採用をお受けしていいのだろうか?
悩みましたが、決断しました。3年は会社に留まろう、と。
また、介護の仕事を本気でやってみよう、と思いはじめたのです。
ただお金を稼ぐための仕事ではなく、介護に本気で取り組んでみよう、と。
なぜか?
それは、これは魂の導きだと感じたからです。
レイキを習ったことで、私は母の身体に触れるようになりました。
そして、帰省した時に、勇気を出して下の世話もさせてもらいました。
タイでも、お年寄りに対してスマホの使い方を教えたりもしてました。
何だか魂が、この道を進め! と示唆しているような気がしてならなかったのです。
もしそうなら、タイで職探しが上手く行かず、帰国することになったのも必然です。
そして、魂が導いているのであれば、安心してそれに従えば良いではないか、と思えてきました。
何年かかるかわかりません。最短が3年だとしても、当初は長くとも5年と考えていた日本での生活が、さらに長引くかもしれません。
妻のことはどうするのか? わかりません。すべてを魂の導きに任せ、上手くいくと信じようと思ったのです。
●すべては見方次第
3月23日、2週間の隔離生活を終えて長野県へ向かいました。
JRの駅まで社長が出迎えに来てくださっており、そこから車で30分ほどの施設に向かいました。
そこが私の生活の場でもあり、仕事場にもなります。
さっそく翌日から仕事に入りました。と言っても、最初は洗い場の見習いですけどね。
最初のうちは、身体がきつかったです。
それまで、デスクワークくらいしかしてこなかった身体ですから。
一日中立ちっぱなしの洗い場の仕事は、口でフーフー言いながらやるほどです。
幸い、マスクをしての仕事ですから、口を開けてる姿は見られませんでした。
呼吸が楽な花粉症用のウレタンマスクが役立ちましたよ。
それから約3ヶ月になります。
試用期間の2ヶ月が過ぎたので、おそらく正式採用になったのでしょう。
仕事も洗い場だけでなく、食事介助、排泄介助、入浴介助、起床介助など、少しずついろいろな仕事をさせてもらうようになりました。
まだ「慣れた」とは言えないのですが、少しずつ仕事を覚え、先輩の皆さんに少しでも近づこうと努力しているところです。
来月からは、スクールで3ヶ月間の初任者研修を受けることになっています。
毎週日曜日に約30kmほどを車で通い、研修を受けて資格を取ります。
そうすれば手当てもつくし、夜勤もできるようになって、さらに給料も増えるとのこと。
けれども今は、給料のことは気にしていません。当面、私と妻の生活が賄えれば良いだけですから。
それよりも、早く一人前のスタッフとしての仕事ができるようになりたい。そういう思いで仕事をしています。
ここでの生活は、まるで修行生活のようです。
街からは遠く離れた施設なので、街へ出るのも一苦労。1日1~2本のバスは不便ですし、車などなければ買い物へも行けません。(歩いて行ける範囲にお店はありません。)
幸い、ガソリン代だけで会社の車を借りられるので、1ヶ月に1~2回ほど休みの日に買い物へ出かけます。
それ以外は、ずっと施設の中。外へ出ることはありません。
夜は20~21時には寝て、朝は4~5時には起きます。5時半から、6時から、7時半から、9時からなどのシフトがあり、それに対応するためです。
朝食は食べず、昼食はカップ麺(#昼カップ麺生活)、夜は寮食(1食300円)をいただきます。出費を抑えるためでもあります。
部屋には冷蔵庫もTVもなく、携帯の電波はつながりにくい環境です。
そんな生活環境ですが、考え方(見方)によっては、とても豊かだと思いました。
リゾートホテルを改修した施設なので、大浴場があって24時間入れます。風呂掃除が不要なんですよ。
寮食は食材が豊富な手の込んだ料理です。私1人の食事だとすれば、そんな手の込んだものは絶対に作らないし、もしレストランで食べれば1000円はしそうです。
昼をカップ麺にして出費を抑えていますが、それが功を奏して体重が63kg→55kgと、ダイエットにもなりました。(カップ麺ダイエットを流行らせようかなぁ。)
早寝早起きの健康的な生活で、林からはいろいろな鳥の鳴き声も聞こえてきます。
生活の様子をFacebookに投稿すると、私の友だちからは「豊かな環境で羨ましい」という声さえありました。
そうなのです。見方によれば、こんなに素晴らしく贅沢で豊かな環境はない、とも言えます。
それでいて、私と妻の生活も成り立っています。何の技術もない還暦間近のおじさんが、そんな理想の生活を手に入れた、とも言えるのです。
最近、やっと光回線がつながりました。これでネット環境が格段に良くなりました。(0~1Mbps→100MbpsUP)
冷蔵庫はありませんが、常温保存ができる卵と納豆を買って食べるようにしたことで、食事も格段に豊かになりました。(時々、「#朝納豆生活」を復活させています。)
さらに豊かになっていく生活に、心から有り難く思っています。
●Youtube動画
関心がある方は、FacebookやYoutubeの動画などをご覧くださいね。
<2021年3月18日配信>
<2021年3月20日配信>
<2021年3月26日配信>
<2021年4月1日配信>
<2021年4月10日配信>
<2021年4月14日配信>
<2021年4月18日配信>
<2021年4月25日配信>
<2021年4月30日配信>
<2021年5月5日配信>
<2021年5月10日配信>
<2021年5月16日配信>
<2021年5月22日配信>
<2021年5月27日配信>
<2021年6月1日配信>
<2021年6月13日配信>
<2021年6月15日配信>
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こんな私ですが、興味のある方は、どうぞブログやメルマガの過去ログをお読みくださいね。
私の転落人生を完全に公開していますので。
私自身は、進化成長の過程として参考にしてもらえると思って公開していますけどね。(笑)
興味本位でかまいませんので、ぜひご覧になってくださいね。
他に、幸せ実践塾で推奨している「神との対話」シリーズを解説するメルマガもあります。
こちらは、「神との対話」シリーズの内容を腑に落ちるまで読み込んで、実践するための手助けとなるよう、解説したものです。
私も実生活においても、これを読むことで随分と救われています。
ですから、このシリーズの内容を広めることは、私のライフワークとも言えるのです。
ぜひ、お読みくださいね。
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